2009年5月10日日曜日

長崎さるく

【写真】亀山社中跡にて 


「さるく」という言葉を、この一カ月の間に何度となく口に出した。


長崎弁で“ぶらぶら歩く”という意味。




長崎という街は、日本の西端に位置する。
日本の玄関口であった出島の周囲は山々に取り囲まれており、
平地がほんとうに少ない。


平地が少ないから、山の斜面にたくさんの家々が並んでいる。
まっこと坂の街だ。



よくもまぁこんなところに、都市を作ったなと歩けば歩くほど思う。
どう考えても、都市作りに向いている土地ではない。


大げさに言えば、長崎自体が、日本から隔離されており、
徳川幕府にとっては唯一の外国との交渉口として
好都合の土地だったのだろう。

事実、出島が作られる以前は、なにもない漁村だったそうだから、
この長崎という街は、260年続いた「鎖国」という制度が作った都市なのだ。



長崎は、ご存じのとおり
江戸以降は歴史の重要事件にたびたび顔を出すことになる。
だから、見どころはたくさん。


しかも、長崎の中心部はコンパクトだから
なにげなく歩いていると「あれ、ここに勝海舟が逗留していたのね!」
とかいう発見がわんさか出てくる。

そんな長崎を満喫するのに一番いいのが
「さるく=ぶらぶら歩く」ことなのだ。


「長崎さるく」という観光協会が作ったおススメ散歩コースも
全部で52もある。

さるくマップも売っていて、これが意外にも内容が充実している。



キリスト教弾圧の歴史やオランダはじめとする諸外国との文化交流
幕末の志士達が活躍した時代、原爆の遺構など、
学ぶべきこと、考えることがたくさんある街です。



写真にある「竜馬のぶーつ」は
坂本竜馬らが結成した「亀山社中」跡のすぐそばにある。
(ちなみに、日本で最初にブーツを履いたのは竜馬だったらしい)



ここからは、長崎の街を見渡すことができる。
なぜ山の上に社中を置いたのかもよくわかるよ。



竜馬はそこから長崎の街、そして日本の未来を 見ていたのだと思う。



竜馬が見た景色、とてもいいよ。

みんなにも見てもらいたいです。




引っ越してきて知ったが、
亀山社中跡は俺の家の裏山にある!
10分“さるく”(たぶんこうは使わないが)と着くほどの近さ。

ちょっと感動★



GWと今日と、早くも2回行ってしまった。




遊びに来てくれた人にはさるくガイドしますので、
ぜひ一度長崎へ!


今日のヒトコト

「長崎はわしの希望じゃ。やがては日本回天の足場になる」

(司馬遼太郎 竜馬がゆく より)

2 件のコメント:

水島 さんのコメント...

庄司さんご無沙汰!!
政友会で一時ご一緒だった水島です(覚えてはる?)
今、仕事の関係で長崎さるくについて調べていたらこのページに辿り着いたのでびっくり。お元気そうで何よりです。
また会いたいよ。

しょうじ さんのコメント...

>水島さん

おお!
なんという久し振り!

長崎さるくについて調べてる
仕事なんて面白いね!

長崎に出張に来ないの?
ぜひ会いましょう!

政友会の同期飲みとか会った際は
誘うよ~!